森と木と、日本人の暮らし — 国土の7割が森である国の、知恵と美意識
水の話をしました。土と米の話をしました。醸す文化の話をしました。
今回から、新しい源泉に入ります。「木の恵み」——日本という国が、森とともに育んできた文化の話です。
国土の7割が森、という事実
日本は、森の国です。
国土面積に占める森林の割合は約67%。これはフィンランド(73%)に次ぐ世界有数の森林大国であり、先進国の中では断然トップです。ちなみに、ドイツは約32%、フランスは約31%、アメリカは約33%。日本がいかに森に囲まれた国かが分かります。
山が多く、雨が多い。四季があり、温暖湿潤な気候が多様な樹種を育む。こうした地理的条件が、日本に豊かな森をもたらしました。
そして、その森の恵みを最大限に活かして生きてきたのが、日本人の歴史です。
「適材適所」は、木から生まれた言葉
日本書紀に、こんな記述があります。
スギとクスノキは舟に、ヒノキは宮殿(建築)に、マキは棺に使え——古代の人々が、樹種ごとの特性を正確に把握し、用途に合わせて使い分けていたことを示す一文です。
「適材適所」という言葉は、もともと木材の使い分けから生まれたとも言われます。それほど、日本人は早くから木の性質を深く理解していた。
主な樹種とその用途を見ると、この知恵の深さが分かります。
ヒノキは、日本固有の樹種で、強く粘りがあり、芳香があり、耐久性も高い。法隆寺をはじめとする歴史的建造物の多くに使われてきた、建築の王様です。千年以上を経ても朽ちないヒノキの特性は、今も風呂や住宅で「総檜造り」として珍重されています。
スギは北海道から屋久島まで分布する日本固有種で、まっすぐ育ち加工が容易。建築から家具、桶、樽、割り箸まで、暮らしのあらゆる場面に登場しました。日本酒の樽にスギが使われるのは、スギの香りと酸化作用が酒の味をよくするからです。
ケヤキは非常に硬く、木目が美しく、磨くと光沢を放つ。江戸時代以降、寺社建築に好まれ、「総欅造り」という言葉も生まれました。
キリは軽く、透湿性・通気性が高い。箪笥(たんす)の材として好まれたのは、大切な着物を湿気から守るためです。
コウヤマキは耐水性が高く、雨の当たる屋根部分や地中に埋まる柱に。クリは腐りにくく、建物の土台に。ヒノキの風呂桶は抗菌性と耐久性から、寿司桶には吸水性のある柾目板——同じ木でも、切り方によって「板目」と「柾目」を使い分け、それぞれの特性を活かす。
木目一つに至るまで、日本人の観察眼と知恵が注がれていました。
世界最古の木造建築が、今も立っている理由
奈良の法隆寺は、7世紀に建てられた世界最古の木造建築です。
1300年以上を経て、いまも現役で立っている。これは、木という素材の驚くべき耐久性と、それを支えた技術の証です。
日本の木造建築を支えてきたのが「木組み」の技術です。釘や金物を使わず、木材同士を「ほぞ」や「継手」と呼ばれる仕口で組み合わせる。一見シンプルに見えるこの技法は、実は1000種類以上の組手があると言われる、精緻な技術体系です。
木組みの優れた点は、地震への強さにあります。金属で固めた硬い構造は、揺れに対して「耐える」しかない。しかし木組みは適度にたわみ、揺れを「受け流す」。この柔構造が、地震列島である日本で木造建築が発達した理由の一つでもあります。
東大寺大仏殿は、高さ47.5m、直径1m・長さ30mもの丸太の柱を84本使った、世界最大級の木造建築です。現代の建設機械もない時代に、これだけの巨大建築を実現した技術力——「飛騨の匠」に代表される木工職人たちの存在が、日本の木の文化を支えてきました。
暮らしの中の木——箸から家まで
大きな建築だけではありません。日本の暮らしは、小さな木の道具に満ちていました。
挽物(ろくろで椀や鉢をつくる)、指物(板を組み合わせて箱や家具をつくる)、曲物(薄板を曲げて桶や弁当箱をつくる)、刳物(木を彫って盆や皿をつくる)——これらの伝統的木工技法が各地に根付き、地域ごとの木工品が生まれました。
「大館曲げわっぱ」は秋田のヒノキを薄く曲げた弁当箱。木の調湿効果でご飯がふっくら保たれ、今も愛され続けています。箱根の「寄木細工」は、色や質感の異なる木片を組み合わせた幾何学模様の工芸品。秋田の「樺細工」は山桜の樹皮を使った独特の工芸です。
そして、誰もが毎日使う「箸」。日本人が箸を二本の棒で使いこなせるのは、木という素材の感触が指先に伝わりやすく、食材をつかむ微妙な力加減を感じ取れるからとも言われます。
食卓の上にも、森の恵みがある。
木と共に生きる、これからの話
戦後、日本の木造文化は一時期後退しました。コンクリートや鉄骨、プラスチックの普及により、木が担っていた役割の多くが代替されました。林業は衰退し、手入れされない人工林が各地に広がりました。
しかし今、その流れが少しずつ変わっています。
CLT(直交集成板)という技術で、木でビルを建てることが現実になってきました。木の香りや温かみを求めて、古民家のリノベーションが人気を集めています。「地域材を使った家づくり」「森林由来の素材」への関心が高まっています。
林野庁が「木の文化を支える森」という制度を設けたのも、この流れの一つです。法隆寺やヒノキの修復に使う木材を安定供給するために、各地で森づくり活動が続けられています。1300年後の大工が使う木を、今の人たちが植えている——そういう時間のスケールが、日本の木の文化には流れています。
水が大地を旅して湧き水になるように、木は何十年もかけて育ち、人の手で加工され、やがて何百年も人の暮らしを支える。その長い時間の中に、日本人が森と結んできた関係がある。
次回は、九州の木工産地を訪ねて、現代に受け継がれる職人の技を追いかけます。
この記事は「木の恵み」シリーズの第1回です。
次の記事:[木の恵み②] 大川家具と九州の木工 — 職人の手が生む、木の表情(近日公開)