朝霧に包まれた九州の玉露茶園、稲わらで覆われた茶畝と作業する職人

日本茶の世界へ、ようこそ — 一杯のお茶に宿る、列島の風土

前回の記事では、九州の森と木の文化を旅しました。ヒノキの香り、木桶の技、林業が紡いできた暮らしの知恵——植物が人間の生活にいかに深く根ざしてきたかを、改めて感じていただけたかと思います。

今回からは「植物の恵み」シリーズとして、日本の植物文化を掘り下げていきます。その第一回は、日本人の食卓にもっとも身近な植物のひとつ、「お茶」の話です。

一杯のお茶に、何が宿っているか

朝、目が覚めたらまずお茶を一杯。食事のあとに、ほっとひと息。来客があればお茶を出す。

日本人にとってお茶は、あまりにも当たり前の存在です。だからこそ、その一杯がどこから来て、どんな人の手を経て、どんな風土のなかで育まれたのか——あまり意識することがないかもしれません。

でも少し立ち止まって考えてみると、一杯の緑茶には驚くほど多くのものが詰まっています。山の霧、昼夜の寒暖差、土の豊かさ、職人の技、そして千年を超える歴史。

今日は、そのお茶の世界への扉を、一緒に開けてみましょう。

お茶が日本に来た日

お茶の歴史をたどると、奈良・平安時代にまでさかのぼります。中国(唐)から持ち帰られた喫茶の文化は、当初は僧侶や貴族だけのものでした。薬として珍重され、限られた人々だけが口にできる、貴重な飲み物だったのです。

転機が訪れたのは鎌倉時代。禅僧の栄西が宋(中国)から帰国の際に茶の種を持ち帰り、「喫茶養生記」を著して茶の効能を広めました。栄西が種を植えたとされる地のひとつが、現在の佐賀県・脊振山。九州は、日本のお茶の歴史においてもきわめて重要な土地なのです。

その後、茶は武士や商人の間にも広がり、室町時代には千利休によって「茶の湯」という独自の精神文化へと昇華されます。江戸時代には庶民の生活にも浸透し、やがて「飲み物としてのお茶」が日本の日常に根づいていきました。

九州は、知られざる「お茶の列島」

お茶の名産地と聞けば、静岡や宇治を思い浮かべる方が多いでしょう。ところが実は、九州は日本のお茶生産量の約半分を担う、一大茶産地なのです。

その理由は、地形と気候にあります。

九州の山間部には、お茶の栽培に理想的な条件が揃っています。昼と夜の気温差が大きいこと。山間から立ちのぼる霧が茶葉を包むこと。火山由来の豊かな土壌。そして適度な降雨量。これらの条件が重なる場所で、九州各地に個性豊かな銘茶が生まれてきました。

福岡の八女茶、佐賀の嬉野茶、長崎の彼杵茶、熊本の矢部茶、大分の耶馬渓茶、宮崎の五ヶ瀬釜炒茶、鹿児島の知覧茶——九州の各県に、それぞれ誇りある銘茶があります。

八女茶:600年の歴史と、稲わらの香り

九州のお茶を語るとき、まず挙げなければならないのが福岡県の八女茶です。

今から600年以上前の1423年、室町時代のこと。明(中国)での修行を終えた栄林周瑞禅師が帰国し、福岡県八女市黒木町に霊巌寺を建立します。禅師はかつて修行した中国・蘇州霊巌寺の風景に似ているとして、この地を選んだといわれています。そして持ち帰った茶の種子と製茶技法を、地元の庄屋・松尾太郎五郎久家に伝えました。これが八女茶のはじまりです。

以来600年、八女の山間部ではお茶づくりが続いてきました。筑後川と矢部川に挟まれた丘陵地帯。霧が発生しやすく、昼夜の寒暖差が大きい。この風土が、八女茶特有の「甘みとコク」を生み出します。

八女茶のなかでも特別な存在が、「伝統本玉露」です。玉露とは、収穫前に20日ほど日光を遮断して育てるお茶のこと。日光を遮ることで、うまみ成分であるテアニンが旨味成分のまま葉に蓄積され、独特の甘みと濃厚なコクが生まれます。

一般的な玉露が化学繊維のネットで覆われるのに対し、八女の「伝統本玉露」は昔ながらの稲わらを使って茶園を覆います。稲わら独特の柔らかな遮光と保湿が、他にはない香りを生み出すといわれています。その品質は折り紙つきで、全国茶品評会の玉露の部で毎年のように農林水産大臣賞と産地賞を受賞し続けています。

なかでも、八女市星野村で生産される「星野玉露」は、伝統本玉露の最高峰として知られる存在です。星野川が流れる山間の村、朝霧が漂う茶園で、手摘みによって丁寧に収穫される茶葉。その希少さと品質から、一部の方にしか届かない幻のお茶とさえ言われてきました。

嬉野茶:中国の技が佐賀の山に根づいた

佐賀県の嬉野茶もまた、九州を代表する銘茶のひとつです。

嬉野は温泉地として知られていますが、じつはその山間部は500年以上の歴史を持つ茶産地でもあります。この地のお茶が特別なのは、製法にあります。

一般的な日本茶(煎茶)は、摘み取った茶葉を蒸して酸化酵素の活性を止め、揉みながら乾燥させて作ります。ところが嬉野茶の代表的な製法「釜炒り製玉緑茶」は、蒸す代わりに釜で炒って酸化を止めます。この製法は、中国から渡来した陶工が持ち込んだといわれており、中国茶に近い製法なのです。

釜炒り特有の「かま香」と呼ばれる香ばしさ、さっぱりとした後味。丸みを帯びた形の茶葉。嬉野茶は見た目にも、味わいにも、他の日本茶とは一線を画する個性があります。全国茶品評会の蒸し製玉緑茶の部で長年にわたって上位を獲得し続けるその品質は、九州の多様なお茶文化の豊かさを教えてくれます。

お茶一杯の、向こう側へ

お茶は、ただの飲み物ではありません。

種を蒔き、土を育て、霧の中で新芽が開くのを待ち、稲わらで丁寧に覆い、手でひとつひとつ摘む。一杯のお茶が食卓に届くまでには、何十もの手と、何百年もの知恵が重なっています。

次に緑茶を一杯飲むとき、少しだけ立ち止まってみてください。湯気の向こうに、霧に包まれた九州の山が見えるかもしれません。稲わらの香り、600年の歴史、職人の指先の記憶が、その一杯に溶け込んでいます。

日本の植物文化は深く、広く、そしてとても豊かです。次回は、また別の植物がつむぐ、日本の暮らしの話をお届けします。


次回予告:植物の恵み シリーズ第2回は、日本の染料・薬草・香りの植物文化へ。藍、草木染め、和の香り——植物が色と香りで暮らしを彩ってきた物語へ続きます。

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